#私の挑戦史

辛い経験は、挑戦することで乗り越えてきた。

石坂 健。WEIN隊 学生コミュニティリーダーを務める。誰が見ても絵に描いたような好青年である彼が、これまでどんな経験を経て、この人柄が作られていったのか、自分の大学時代を思い出しながら、遠く北海道から取材を行った。 周りの方やお世話になった方々への感謝を忘れず、どんな状況でも、常に前に進もうと挑戦し付ける。そんな彼の原点を探っていく。

2020.08.19
辛い経験は、挑戦することで乗り越えてきた。

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Profile

石坂 健(いしざか けん)

WEIN隊 学生コミュニティリーダー
出身地:神奈川県
学歴:UWCSEA Doverを卒業後、一橋大学法学部の1年生として在学中
趣味:サッカー、卓球、ギター
特技:寝ること
活動: 高校生の時は秋田県大館市で秘書としてインターンをする傍ら、大館市と共同で高校生向けのインターンシッププログラムを立ち上げ、運営。

また、秋田県が観光産品の輸出先としてシンガポールに進出する際に、シンガポールの政府要人やローカルの人々との間に立ち、交渉や通訳を経験。

高校卒業後は、学生団体において大学生向けのキャンプをシンガポールで運営した他、株式会社リクルートにおいてwow!baseの新規コンテンツ作りに携わる。

一橋大学へ入学した後は、地方での活動をより多くの人々や自治体と行うべく、学生団体Renspireを6月に立ち上げた。

高校生時代の秋田県大館市に引き続き、岡山県西粟倉村や他の地方自治体と地域活性化の企画も計画している。

シンガポールから始まった挑戦

名門進学校の桐蔭学園中等学校に入学しながらも退学して、シンガポールに行こうと思った理由は何ですか。

中学受験で失敗して公立中学校に入学したんですけど、一時期いじめのターゲットになったことがあって、学校にいけなくなってしまった時期がありました。そこで桐蔭学園中等教育学校を受験して編入しました。そこでは友人やクラスメイトにも恵まれました。そこで進路相談の時に、丁度父のシンガポールへの転勤の話と重なり、日本に残って日本の上のレベルを目指すのか、シンガポールの学校に挑戦するかを考えた時に、後者を選びました。

なぜシンガポールへ行って約一年後、また日本に戻って地方の秋田県へインターンをしに行こうと思ったんですか。

シンガポールでの在学中、南インド出身の友人が北インドのことや自国の情勢のことにものすごく詳しかったんです。その友人に日本ってどういうところなの?と聞かれたときに、出身地の神奈川県での経験しか答えられなかったのが悔しかったんです。そこで父の友人で秋田県大館市の市長がいらっしゃったので、インターンさせてくださいとお願いしました!期間は大体3週間程度。

そこで地方の方々の横の繋がりや温かさ、都市部では経験できない暮らしを知れたこと、あとは日本について友人に対しての答える幅が広げられたのが良かったですね。

どん底から這い上がった経験と周りの支え

ドラマチックな経験をされていますね。いじめのターゲットになり、学校にいけなくなったことはかなり辛い経験だったかと思いますが、その状況から這い上がるきっかけは何だったんですか。

いじめがあった時も、いつでも自分の家族、親友は見捨てないでいてくれました。人の繋がりがずっと自分の支えになっていたなと思います。

特に父は仕事が忙しく、毎晩帰りが夜遅くて、たまに会社に寝泊りするくらい毎日大変だったんです。それでも僕が学校でのいじめの件で悩んでいた時も、仕事を早く切り上げて、改善するために先生方と闘ってくれた姿を見た時に、自分も挑戦しなきゃという気持ちになりました。

また、それがあったからこそ、ぐれないでずっとやってこれて、次の環境でも頑張ろうと思えるようになったんです。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

挑戦が挑戦を呼んだこれまでの経験

自分のために、父親が学校に立ち向かってくれた姿をみて、石坂さんの挑戦意欲に火がついたんですね。今までの人生で、一番大きな挑戦は何ですか。

大学受験です。シンガポールへ挑戦して行った時には語学が全くできなかったんです。もともと海外の大学に挑戦してみたかったという想いはあったので、シンガポールで行きたい大学を調べた時に、自分の英語力の無さに気付かされ、絶望的でした。逆算すると1年半程度でマスターしなければならない状況だったので、とにかくめちゃくちゃ勉強しました。しかもシンガポールって、教育水準が世界一だったので、目指すのであればトップで環境の良いところを目指そうと思ったんですけど、もう、周りの生徒がすごい人ばかりだったんです…。笑

え?どんな人たちがいたんですか!?

もうなんか…中学生の時にNASAと一緒に衛星を打ち上げた経験のある人や、高校1年生の頃から、シンガポールの国立大の教授と研究をしていた人など、スケールが全く違いました。

ただやっぱり僕もそこで触発されて、自分自身もそんな人達と同じ環境で努力する中でだんだん力が付いてきて、自分が行きたいと思った大学に挑戦しました。結果的には受からなかったんですけど、別の大学に合格することができて、何よりその一連の流れがものすごくいい経験だったし、一番大きな挑戦だったなと思います。

すごいですね!昔から挑戦するマインドだったんでしょうか。

そうですね。人から注目されたりとか、やりがいのある役割を任せられたりするのが好きだった。もうほんとに先生や周りの人に恵まれて、僕の個性を大事にしてくださる方が多かったです。ほんとに感謝しかないです。

苦しみを知っているからこそ、人への感謝の気持ちを忘れない。

石坂さんの挑戦は、その時に出会った方々が縁を繋いでくださって、自分の挑戦が広がってる感覚があるとのことですが、話の随所にものすごく周りの方々に対して感謝の気持ちがあるなと感じます。

いや、もうなんか感謝が溢れ出てくるというか、皆さんへの感謝が止まらないんです。やっぱりいじめがあった時の経験は大きかったなと思っていて、あの時は当たり前と思っていたことが全て当たり前じゃなくなったんです。学校へ行くこと、友達がいること、勉強ができることも全て…。

そしてそれらを一つ一つ取り戻していく作業の中で、改めてそれらがいかに大切なことだったか身をもって気付かされました。それを考えると、今の自分がいることは当たり前じゃないなと感じたんです。当たり前を作ってくださってるのは周りの方々なので、それは大切にしたいなと思うんです。

それを踏まえても感謝が溢れすぎてるのが伝わるのですが、なんかこう、両親に反発したりとか、溜まってる物が爆発したりとかっていう経験はないんでしょうか。いわゆる反抗期とかは?

明確な反抗期はなかったかも知れないです。あまり溜め込む性格ではなくて、それこそ両親には何でもオープンにしてたと思います。いい成績を取ったりとか、いいことがあったことは日常から共有してて、ご飯も一緒に食べたりして、日頃から会話する機会があって反抗する材料がなかったですね。笑

もう、石坂さんの人徳すばらしいですね。

いやいや、もう運がいいんですよね。結局周りの人がそういう挑戦の場面に引き合わせてくれたりとか、そこに更に努力できる環境を整えてくれたのも周りの方々ですし、それを生かすも殺すも自分次第だとは思うんですけど、その努力するか否かという思考を作ってくださってるのも周りの方々のお陰なので、やっぱり感謝は止まらないですね。

ラベリングされない人生、世界を作りたい

もう、周りへの感謝や温かさ、言葉選びなど、もうマザーテレサと呼ばせていただきますね。笑
最後に石坂さ…マザーテレサさんの今後のWEINでの目標、夢を教えてください。

はい!WEIN隊のリーダーがお披露目になってから一貫して言っていることなんですが、個人が自分らしく生きられる社会を作りたいと思ってます。

生きずらさ、例えば『性別』や『大学名』など属性に振り分けられるラベルでレッテル貼りされて生きずらを感じていたり、可能性が妨げられる人が多くいると思っていて、そう言ったラベルが一枚一枚剥がれていった先の世界を見たいなと思っています。

WEINの掲げる、「孤独・退屈・不安」の根底には、人々に対する固定観念や、特定の生き方を押し付けるような社会構造が存在すると思っています。根本の社会構造を解決するために、WEINでは一所懸命に人の挑戦のために尽くし、自分でも挑戦を続けることで、少しでも人々の抱える「孤独・退屈・不安」をなくしていきたいと考えています。まだ解決するための方法論はなくて模索しているんですけど、そこはこれからのWEIN隊の活動を通して見つけていきたいなと思っています。

頑張ります。ありがとうございました!

編集後記

インタビュー中は終始、周りの方やお世話になった方々への感謝の言葉で溢れていました。
石坂さんの常に挑戦しようと前に前に進む姿勢や、問題解決しようという気持ちの表れが、周りの方々の共感を生んでいるんだなと感じました。石坂さんを応援したり支援する方々と、それに対して感謝に溢れている石坂さんの行動が、素敵なサイクルに繋がっていました。
石坂さんのこれからの活躍に大いに期待したいですし、私自身も石坂さんの挑戦を応援していきます。

この度はインタビューにご協力くださった皆様、そして石坂さん、本当にありがとうございました。

東北・北海道部隊リーダー 半澤 清哉